アポロ11号
【概説】
1969年7月、アメリカ航空宇宙局(NASA)が打ち上げ、人類初の有人月面着陸に成功した宇宙船。アームストロング船長らによる月面歩行の様子は日本でもリアルタイムで生中継され、社会現象とも言える宇宙ブームを巻き起こした。高度経済成長期の日本社会における科学技術信仰の象徴となり、翌年の大阪万博における「月の石」展示への熱狂へとつながる歴史的事件である。
米ソ冷戦とアポロ計画の背景
第二次世界大戦後の世界は、アメリカを中心とする自由主義陣営と、ソ連を中心とする社会主義陣営による冷戦の時代を迎えていた。この対立は軍事や思想のみならず、科学技術の威信をかけた「宇宙開発競争(スペース・レース)」としても激化した。1950年代後半から1961年にかけて、人工衛星の打ち上げや有人宇宙飛行においてソ連が先んじると、焦燥感を募らせたアメリカのケネディ大統領は、1960年代中に人間を月に着陸させるという「アポロ計画」を宣言した。その総仕上げとして1969年7月16日に打ち上げられたのがアポロ11号であった。
日本における「月面着陸」の熱狂とメディア社会
アポロ11号が月面着陸に成功し、ニール・アームストロング船長が月面に第一歩を記したのは、日本時間の1969年(昭和44年)7月21日午前のことであった。この歴史的瞬間は、NHKをはじめとするテレビ各局によって宇宙中継され、多くの日本人がテレビ画面を通じてリアルタイムで目撃することとなった。当時、日本の家庭では高度経済成長の恩恵によってカラーテレビが急速に普及(いわゆる「新・三種の神器」の一つ)しており、この世紀の瞬間はメディアを通じた日本初の世界規模での「同時体験」となった。テレビ中継の視聴率は驚異的な数値を記録し、新聞や雑誌もこぞって特集を組むなど、日本中が宇宙ブーム一色に染まった。
大阪万博と「月の石」がもたらした未来像
アポロ11号の快挙の翌年である1970年(昭和45年)、大阪でアジア初となる日本万国博覧会(大阪万博)が開催された。「人類の進歩と調和」をテーマに掲げたこの万博において、最大の目玉となったのが、アメリカ館に展示されたアポロ11号の持ち帰った「月の石」であった。この「月の石」を一目見ようと、連日、アメリカ館の前には数時間待ちの大行列ができ、万博の総入場者数約6421万人という空前の記録を後押しすることとなった。戦後の焦土から奇跡的な復興を遂げ、科学技術による豊かな未来を信じて疑わなかった高度経済成長期の日本人にとって、アポロ11号と「月の石」は、近代科学の限界なき可能性を体現する最大のシンボルであったと言える。