大正時代

1912年の改元から1926年までの、民主主義的な風潮や都市の大衆文化が発展した日本の時代区分は何か?
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大正時代

1912年〜1926年

【概説】
1912年の明治天皇崩御から1926年の大正天皇崩御までの15年間を指す日本の歴史区分。第一次世界大戦による未曾有の好景気を背景に資本主義が飛躍的に発展し、都市を中心とする大衆文化や民主主義的な風潮(大正デモクラシー)が花開いた時代である。

第一次世界大戦と「大戦景気」による経済的躍進

大正時代を語る上で欠かせないのが、1914年に勃発した第一次世界大戦である。日本は日英同盟を理由に連合国側として参戦し、ヨーロッパ列強の圧力が後退したアジア市場(特に中国・インド)への進出を強めた。また、ヨーロッパに向けた軍需品の輸出や海運業の独占的な発達により、日本経済は空前の大戦景気に沸いた。

この未曾有の好景気により、日本は明治以来の慢性的な貿易赤字から抜け出し、一時的に債務国から債権国へと転換を果たした。工業生産額が農業生産額を上回るなど、日本の産業資本主義が確立したのもこの時期である。一方で、造船業や海運業を中心に莫大な富を築く「成金」が続出する反面、急激なインフレーションによる物価高騰は庶民の生活を直撃し、後の深刻な社会運動の引き金ともなった。

大正デモクラシーと政党政治の成熟

明治期から続く一部の特権階級(藩閥)による政治に対する国民の不満は、大正時代に入ると第一次護憲運動として爆発し、大衆の力で内閣を退陣させるという前例をもたらした。その後、吉野作造が提唱した民本主義や美濃部達吉の天皇機関説が理論的支柱となり、普通選挙の実現や言論・集会の自由を求める民主主義的な運動が全国的に広がった。これが大正デモクラシーと呼ばれる一連の思潮である。

1918年、米価暴騰に端を発した米騒動が全国に波及すると、藩閥内閣は総辞職を余儀なくされ、立憲政友会総裁の原敬による本格的な政党内閣が誕生した。政党政治の慣行(憲政の常道)はここから発展し、1925年にはついに普通選挙法が成立。満25歳以上のすべての男子に選挙権が与えられ、国民が広く政治に参加する道が開かれた。

都市への人口集中と「大正ロマン」の開花

産業の発達に伴って農村から都市への大規模な人口移動が起こり、都市部ではホワイトカラーと呼ばれる新中間層(サラリーマン)が形成された。彼らの生活様式は急速に西洋化し、洋風建築や文化住宅、洋食が普及したほか、カフェや百貨店などを楽しむ都市型の大衆消費社会が成立した。

また、教育の普及と識字率の向上を背景に、総合雑誌(『中央公論』『改造』など)や円本(1円均一の全集)が出版され、1925年にはラジオ放送も開始された。これにより情報が全国規模で共有されるマスメディアの時代が到来した。自由で個人の内面を重んじる白樺派の文学や、和洋折衷の華やかな芸術文化は「大正ロマン」と称され、今日に至るまで独自の色気を持った文化として愛好されている。

関東大震災と社会不安の増大

華やかな文化と民主主義の進展の一方で、大正時代は社会的不安が鬱積していく時代でもあった。大戦終結後はヨーロッパ諸国の市場復帰に伴い、日本経済は戦後恐慌に見舞われる。さらに1923年(大正12年)9月1日に発生した関東大震災は、首都圏に壊滅的な打撃を与え、日本経済を震災恐慌というさらに深い泥沼へと引きずり込んだ。

震災時の混乱のなかで流言飛語による朝鮮人・中国人虐殺や、無政府主義者が殺害される事件(甘粕事件など)が発生し、治安の脆さと社会の排他性が露呈した。また、ロシア革命の影響を受けて社会主義運動や労働運動が激化すると、政府は体制維持の危機感を強めた。普通選挙法制定と抱き合わせる形で、1925年に治安維持法を制定し、国体変革や私有財産制否認を目的とする結社を厳しく取り締まる体制を整えた。このように、大正時代は民主主義や自由主義が輝きを放ったと同時に、次代の「昭和の戦争とファシズム」へと続く暗い影がすでに兆していた、極めて重要な過渡期の15年間であった。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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