細雪 (ささめゆき)
【概説】
近代日本を代表する作家・谷崎潤一郎による長編小説。大阪・船場の旧家における四姉妹の優雅な日常と、没落していく美の世界を極めて細緻に描いた名作。太平洋戦争の最中に執筆されたが、「軍国の雰囲気に合わない」として軍部や情報局から連載禁止処分を受けたことで知られる。
関東大震災と「阪神間モダニズム」の反映
作者の谷崎潤一郎はもともと東京生まれの作家であったが、1923(大正12)年の関東大震災を契機に関西へと移住した。この移住は彼の作風に決定的な影響を与え、それまでの西欧耽美主義的な傾向から、古典的な日本の伝統美への回帰へと向かわせることになった。
『細雪』は、谷崎が移り住んだ大正期から昭和初期にかけて関西(特に大阪・神戸間)で花開いた「阪神間モダニズム」と呼ばれる、和洋折衷の華やかで知的な都市文化を背景としている。船場の老舗呉服問屋の分家である蒔岡(まきおか)家の四姉妹(鶴子、幸子、雪子、妙子)を主人公とし、彼女たちの見合い、花見、蛍狩り、音楽会、あるいは西洋風のハイカラな生活を、洗練された関西弁を用いて優美に描き出している。しかしその底流には、昭和恐慌以降の家格の没落や、変わりゆく時代への哀愁が色濃く漂っている。
戦時下の言論統制と連載禁止処分
本作の連載は、日米が開戦し戦時色が緊迫の度を増す1943(昭和18)年1月、雑誌『中央公論』において開始された。しかし、わずか2回(1月号、3月号)掲載された時点で、陸軍報道部および内閣情報局から、これ以上の掲載を認めないとする事実上の連載禁止処分(発禁処分)を下された。
当時、東条英機内閣のもとで国家総動員体制が進められており、文学や芸術もまた戦争遂行に協力する「国策文学」であることが義務づけられていた。そのような緊迫した世相の中で、軍国主義や国策とは無縁の、個人的で優雅かつ贅沢な上流階級の生活を描いた『細雪』は、「戦時下の雰囲気にそぐわない」「軟弱で非国民的である」と見なされたのである。この事件は、戦時中の言論統制や出版弾圧を象徴する歴史的事例として重視されている。
密かな抵抗としての執筆と戦後の開花
公の発表の場を奪われた谷崎であったが、創作への情熱を失うことはなかった。彼は憲兵の厳しい監視の目をかいくぐりながら、自身の疎開先などで私的に執筆を継続した。1944(昭和19)年には、上巻を自費で私家版(限定非売品)として印刷し、知人や文壇の信頼できる人々に密かに配布している。
1945年の敗戦を経て、言論の自由が回復すると、1946(昭和21)年から再び『中央公論』などで本格的な連載が再開され、1948年に全編が完結した。国家の要請する戦争の現実からあえて目を背け、自らが信じる美の世界を守り抜こうとした谷崎の姿勢は、戦時下の文学における「美的な抵抗」の好例として高く評価され、本作は戦後文学の最高峰の一つに位置づけられることとなった。