お目出たき人 (おめでたきひと)
【概説】
1911年(明治44年)に発表された、武者小路実篤の初期の代表的中編小説。失恋すらも自己都合のよい解釈で肯定的に捉え直す青年の姿を通じ、強烈な自我の絶対的肯定と生命賛歌を描き出した、大正文学(白樺派文学)の先駆的作品。
自然主義への反逆と「白樺派」の精神
明治末期から大正期にかけて、日本の文壇では島崎藤村や田山花袋らに代表される自然主義文学が主流を占めていた。自然主義は人間の醜悪な現実や暗い運命をありのままに描き出すことを重視したが、これに対して強烈な違和感を抱いたのが、学習院出身の若きエリートたちであった。彼らは1910(明治43)年に雑誌『白樺』を創刊し、白樺派と呼ばれる文学運動を展開していく。
武者小路実篤はその中心人物であり、自然主義の暗鬱な諦念や自己暴露を否定し、人間の意志や個性の伸長、そして「自己を生かすこと」を肯定する人道主義・理想主義を掲げた。『お目出たき人』は、まさにこの白樺派的な「自我の絶対的肯定」を最も純粋に、かつ極端な形で具現化した記念碑的作品である。
「自己肯定」がもたらす喜劇と生命の肯定
本作は、実篤自身の熱烈な片思いと失恋の体験(実在の女性・三宅やす子への執着)をもとに書かれた私小説である。主人公の「自分」は、おしかという少女に一方的な恋心を抱く。彼女が別の男と結婚してしまってもなお、「自分」は絶望することなく、「彼女は自分を愛しているが、境遇のせいで他人に嫁がざるを得なかったのだ」と都合よく解釈し、精神的な勝利を宣言する。
一見すると、現実逃避やストーカー的妄想、あるいは単なる「おめでたい(滑稽な)男」の奇行に映るが、実篤がここで描こうとしたのは、外部の客観的現実に屈しない「主観の絶対性」である。他者からどう思われようとも、自己の生と感情を肯定し続ける主人公の姿は、近代日本が直面していた「個の確立」という課題に対する、一つの極端な、しかし力強い回答であった。
大正デモクラシー期への思想的潮流
『お目出たき人』に示された徹底的な楽天主義と自己信頼の哲学は、明治国家が構築した厳格な秩序や共同体の同調圧力から、個人の内面を解放する役割を果たした。これは同時代に興りつつあった大正デモクラシーの、個人の尊厳を重んじる空気とも深く共鳴している。
のちに実篤が宮崎県に「階級闘争のない理想郷」として「新しき村」を建設(1918年)しようとした試みも、本作に見られる「自己の生命を完全に生かす」というユートピア的思想の延長線上にある。本作は、単なる一青年の失恋小説の枠を超え、大正期のリベラルで理想主義的な精神の萌芽を示す思想史的資料としても重要な価値を持っている。