何処へ (どこへ)
【概説】
1908(明治41)年に発表された、小説家・正宗白鳥の代表的な自然主義小説。日露戦争後の思想的閉塞感のなかで、明確な生きる目的を持てずに虚無感に浸る知識人青年の姿を冷徹に描いた名作。
日露戦後の社会閉塞と「苦悶する青年」
日露戦争(1904〜05年)における勝利は、近代日本に国際的地位の向上をもたらした一方で、国民、特に知識人や青年の間には激しい幻滅と精神的な虚脱感(いわゆる「戦後の煩悶」)を生み出した。国家のために尽くすという大義名分が薄れ、戦後の経済不況や急激な近代化の歪みがあらわになる中で、青年たちは自己の存在意義や将来への進路を見失っていった。このような時代背景のもと、明治末期の文学界では、国家や理想といった虚飾を排し、人間のありのままの現実を見つめようとする自然主義文学が全盛期を迎えることとなった。
主人公・白石健作が体現する虚無主義
本作の主人公である白石健作は、地方の新聞社に勤める記者であり、高い知性を持つ青年である。しかし、彼は社会的な名誉や恋愛、さらには国家や家庭のあり方に対しても一切の熱意や執着を持つことができず、ただ日々を無気力に過ごしている。熱烈な理想を抱くこともできず、さりとて世俗的な妥協もできない健作の姿は、当時の日本の近代化が生み出した「過剰な自己意識」と「出口のない閉塞感」をリアルに体現していた。タイトルの『何処へ』は、進むべき方向を見失い、精神的な彷徨を続ける当時の知識人青年たちの問いそのものであった。
自然主義文学における位置づけと白鳥の作風
著者である正宗白鳥(まさむねはくちょう)は、島崎藤村や田山花袋と並び、日本の自然主義文学を牽引した代表的な作家である。藤村や花袋の作品が自己告白や感情の表出に重きを置いたのに対し、白鳥の『何処へ』は、徹底して冷徹かつ主観を排したニヒリスティックな筆致で描かれている点に特徴がある。白鳥は主人公の怠惰や虚無を美化も弁護もせず、冷たく突き放すように描写した。この独自の「冷徹なリアリズム」は、のちに大正から昭和にかけて文壇の大御所として活躍する白鳥の批評家としての視座をも決定づけ、日本近代文学の多様性を広げる重要な役割を果たした。