浮雲
【概説】
明治時代前期に二葉亭四迷によって執筆された日本初の近代小説。坪内逍遥が提唱した写実主義を実践し、言文一致体を用いて立身出世に乗り遅れた青年の心理を克明に描き出した。
坪内逍遥の文学理論と写実主義の実践
明治時代初期の日本の小説界は、江戸時代からの戯作文学の系譜を引く勧善懲悪的な物語や、自由民権運動の政治的主張を物語の形に借りた政治小説が主流であった。そうした中、1885年(明治18年)に坪内逍遥が評論『小説神髄』を発表し、小説の主眼は道徳的な教訓ではなく、「人情(人間の心理)」と「世態風俗」をありのままに描写することにあるとする写実主義を提唱した。二葉亭四迷はこの逍遥の理論に深く共鳴し、彼の指導を仰ぎながらその理論を実際の創作において実践しようと試みた。その結実が『浮雲』である。
日本初の「近代小説」としての意義
『浮雲』の主人公である内海文三は、生真面目だが要領が悪く、勤めていた役所を免職になってしまう。一方、要領よく立ち回る同僚の本田昇は巧みに出世を果たし、文三が思いを寄せていた従妹のお勢の心も次第に本田へと傾いていく。従来の日本の小説が、英雄的な行動や波瀾万丈なストーリー展開を重視していたのに対し、『浮雲』では外部的な大事件はほとんど起こらない。その代わり、社会の変化に適応できずに嫉妬や自己嫌悪に深く沈んでいく文三の複雑な内面描写に主眼が置かれている。この高度な心理的リアリズムの達成をもって、本作は日本初の近代小説と高く評価されている。
言文一致体の先駆と「だ」調の創始
人間の複雑で微細な心理をありのままに表現するためには、古風で定型的な従来の文語体(雅文体や漢文訓読体など)では限界があった。そこで二葉亭四迷は、三遊亭円朝の落語の速記本などを参考にしつつ、日常の話し言葉に近い文章で小説を書く言文一致体を試みた。特に『浮雲』で採用された「〜だ」調の文体は、その後の日本の近代文学における標準的な散文表現の基礎を築くこととなった。文章と話し言葉の乖離を埋めるこの試みは、山田美妙の「〜です」調や尾崎紅葉の「〜である」調などとともに、明治期の言文一致運動を強力に牽引する画期的な出来事であった。
明治社会の立身出世主義に対する批判的視座
『浮雲』が描いた世界は、単なる一青年の恋愛劇や失業物語にとどまるものではない。当時の明治社会は、文明開化と富国強兵のスローガンのもと、実学を重んじ、要領よく立身出世を遂げることが絶対的な美徳とされる風潮に覆われていた。二葉亭四迷は、旧来の道徳観を引きずり不器用に生きる文三と、時流に乗って打算的に生きる本田を対比させることで、急速な近代化の波に呑まれる個人の疎外感や、明治という時代の薄っぺらな立身出世主義に対する鋭い批判と懐疑を投げかけたのである。『浮雲』は第三編まで刊行されたのち未完に終わったが、近代化の矛盾と格闘する知識人の苦悩を描き出したという点で、その後の自然主義文学などに連なる日本近代文学の大きな潮流を準備した記念碑的作品である。