氷期 (ひょうき)
【概説】
地質学上の第四紀更新世(氷河時代)において、地球規模で気候が著しく寒冷化し、氷河が拡大した時期。海面低下によって日本列島がアジア大陸と陸続きとなり、人類や大型動物が渡来する契機となった。
氷期・間氷期の反復と日本列島の「陸橋化」
地質学における第四紀の更新世(約258万年前から約1万1700年前)は、地球全体が寒冷化した「氷河時代」にあたる。この氷河時代は常に一様に寒冷だったわけではなく、極めて寒冷な氷期と、一時的に温暖化する間氷期(かんぴょうき)が交互に繰り返された。この周期的な気候変動は、日本列島の地形と生態系に決定的な影響を与えることとなった。
氷期になると、地球上の水分が広大な氷河として陸上に固定されるため、海洋に還る水が減少する。その結果、地球規模で著しい海面の低下(海退)が発生した。最も寒冷化した時期(約2万年前の最終氷期最寒冷期など)には、海面が現在よりも約100メートルから120メートルも低下したとされている。これにより、現在は海峡によって隔てられている対馬海峡や宗谷海峡が陸地化、あるいは極めて狭い水路となり、日本列島はアジア大陸と繋がる「陸橋(りっきょう)」となったのである。
大型哺乳類の移動と旧石器人の渡来
大陸と日本列島が陸続き、あるいは近接したことで、動植物の往来が可能となった。シベリア方面の北方からは、寒冷地に適応したマンモスやヘラジカ(マンモス動物群)が北海道を経由して南下した。一方、中国・朝鮮半島方面の南方からは、温暖な森林を好むナウマンゾウやオオツノジカが本州方面へと流入した。
この大型野生動物の移動は、それらを狩猟対象とする人類の移動を促した。アジア大陸東部に生息していた旧石器時代の人類(新人であるホモ・サピエンス)は、獲物を追いかける形で陸橋を渡り、日本列島へと足を踏み入れたと考えられている。日本列島各地で発見されている野尻湖遺跡(長野県)などの旧石器時代遺跡からは、ナウマンゾウの骨とともに狩猟用具とみられる石器が発見されており、氷期特有の生態系が人類の生活基盤であったことを示している。
最終氷期の終焉と島国への変貌
更新世の末期にあたる約1万年前、地球規模の温暖化に伴い、最後の氷期である「最終氷期」が終焉を迎えた。地質学的には完新世へと移行し、陸上の氷河が融解したことで海面が急速に上昇した(縄文海進)。これにより、陸橋だった部分は再び海中に没し、日本列島はアジア大陸から完全に切り離されて現在のような「島国」となった。
温暖化と島国化は、列島の植生を大きく変化させ、針葉樹林に代わって落葉広葉樹林や照葉樹林が広がった。これに伴い、マンモスやナウマンゾウといった大型動物は絶滅または列島から姿を消し、代わりにニホンジカやイノシシなどの中小哺乳類が繁殖するようになった。こうした自然環境の劇的な変化に対応するため、列島の人類は弓矢の使用や土器の製作、定住生活を開始し、日本史は旧石器時代から縄文時代へと大きな転換期を迎えることとなった。