炭素14年代法(放射性炭素年代測定法)

重要度
★★★

炭素14年代法(放射性炭素年代測定法)

【概説】
動植物の遺骸に含まれる放射性同位体である炭素14が、死後に一定の速度で減少する性質を利用した年代測定法。1947年にアメリカの物理化学者ウィラード・リビーによって開発された。文字記録の残っていない先史時代などの遺跡や遺物の絶対年代を科学的に特定する手法として、考古学や歴史学の発展に劇的な進展をもたらした。

測定の原理と仕組み

地球上の大気中には、通常の炭素(炭素12)に混じって、ごく微量の放射性同位体である炭素14(14C)が一定の割合で存在している。植物は光合成によって、動物はその植物を捕食することによって炭素を取り込むため、生きている間は体内の炭素14の割合が大気中と同じ水準に保たれる。

しかし、動植物が死を迎えると新たな炭素の取り込みが止まる。体内に残された炭素14は放射線を出しながら別の元素(窒素14)へと変化(崩壊)していくため、時間の経過とともに減少していく。この炭素14が元の量の半分になる時間(半減期)は、約5730年であることが分かっている。この物理法則を利用し、遺跡から出土した木炭、骨、貝殻、木製品などの有機物に残存する炭素14の割合を測定することで、その動植物が死んだ年代、すなわち遺物が使われていた年代を逆算することができるのである。

考古学における画期的な意義

炭素14年代法が登場する以前の考古学では、地層の上下関係や土器の型式変化などに基づく「相対年代」の決定が主流であった。「Aの土器はBの土器より古い」という順序は判明しても、「それが今から具体的に何年前のものか」という「絶対年代」を客観的に示すことは極めて困難であった。

しかし、この測定法の実用化により、文字を持たない旧石器時代や縄文時代をはじめとする世界中の先史遺跡の年代が、科学的根拠に基づいて世界共通の尺度で比較可能となった。人類史の枠組みを大きく書き換えたこの功績により、開発者のリビーは1960年にノーベル化学賞を受賞している。

測定技術の進化と「較正年代」の導入

初期の炭素14年代法は測定に大量の試料を必要とし、測定誤差も大きいという課題を抱えていた。しかし近年では、加速器質量分析(AMS)法と呼ばれる新技術が導入された。これにより、数ミリグラムのわずかな木炭や土器に付着した焦げ跡(付着炭化物)など、ごく微量の試料からでも高精度な年代測定が可能となった。

さらに、かつては「大気中の炭素14の濃度は過去から現在まで常に一定である」という前提に立っていたが、実際には太陽活動や地球磁場の変動によって時代ごとに揺らぎがあることが判明した。現在では、樹木の年輪から1年単位で年代を割り出す年輪年代法(日本では主にヒノキなどを利用)などの膨大なデータと照合し、得られた炭素14年代の誤差を補正する「較正年代(こうせいねんだい)」を使用することが世界の考古学の標準となっている。

日本史研究への影響とパラダイムシフト

日本史、特に旧石器時代から縄文時代・弥生時代にかけての年代観は、AMS法を用いた高精度な炭素14年代測定によって大きく揺さぶられ続けている。最も著名な例が、縄文時代の開始年代の繰り上げである。かつて縄文時代の始まりは約1万年前とされていたが、青森県の大平山元I遺跡(おおだいやまもといちいせき)から出土した無文土器に付着していた炭化物を測定した結果、約1万6500年前(較正年代)のものであることが判明し、世界最古級の土器であることが明らかになった。

また、2003年には国立歴史民俗博物館の研究チームが、弥生時代早期・前期の土器付着炭化物を測定した結果、弥生時代の開始が従来の定説(紀元前5〜4世紀頃)よりも約500年さかのぼる「紀元前10世紀頃」であるという見解を発表し、学界に大きな論争を巻き起こした。このように、炭素14年代法は現在も日本の歴史像を根本から見直し、更新し続ける極めて重要な研究手法となっている。

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