古今著聞集 (ここんちょもんじゅう)
【概説】
鎌倉時代中期の1254年(建長6年)に、伊賀守であった橘成季(たちばなのなりすえ)が編纂した大部の世俗説話集。平安時代から鎌倉時代にかけての神仏、武勇、芸能、文学など多岐にわたる説話を集成しており、『今昔物語集』に次ぐ規模と重要性を持つ。当時の貴族社会の回顧と武家社会の台頭という、過渡期の文化的様相を色濃く反映している史料である。
編纂者と成立の歴史的背景
『古今著聞集』は、鎌倉時代中期の建長6年(1254年)に、橘成季(たちばなのなりすえ)によって編纂された。橘成季は、当時の朝廷における最高権力者の一人であった摂政・九条道家に仕え、様々な行事や芸能に精通した中級貴族であった。序文には、古今の「著聞(世間に言い伝えられている話)」を集め記したことが書名に由来することが記されている。
編纂の背景には、承久の乱(1221年)を経て鎌倉幕府の政治的優位が決定づけられ、公家社会の衰退が誰の目にも明らかになってきたという時代状況が存在する。かつての平安貴族の栄華や、宮廷に伝わる有職故実、高度な芸能の伝統が失われつつあることへの強い危機感と、過ぎ去った雅やかな時代への回顧趣味が、成季に大部の説話集を編纂させる大きな原動力となったのである。
百科事典的な体系と多彩な説話
本書は全20巻からなり、収録されている説話は約720話にも及ぶ。これは平安時代後期の『今昔物語集』に次ぐ規模を誇る。最大の特徴は、その内容が30の部門(篇)に細かく分類されている点である。「神祇」「釈教」といった宗教的なものに始まり、「政道忠臣」「公事」などの政治・儀式、そして「和歌」「管絃舞楽」「書画」などの芸術分野まで多岐にわたる。
さらに「武勇」「弓箭(きゅうせん)」「相撲強力」といった身体的・武術的な分野から、「草木」「魚虫禽獣」といった自然界の事象に至るまで、当時の森羅万象を網羅しようとした形跡が見られる。編者の成季自身が管絃などの芸能に秀でていたこともあり、とくに芸術や音楽にまつわる逸話が豊富かつ詳細に記されているのが文化史的な特色である。
貴族文化の回顧と武家社会の受容
鎌倉時代の説話文学のなかで、本書は公家文化と武家文化が交差する過渡期の様相を鮮明に映し出している。編纂の主な動機は失われゆく平安貴族社会への哀惜であったが、同時に、現実の社会を支配しつつあった武士の新しい価値観をも積極的に取り入れているのが大きな特徴である。
「武勇」や「弓箭」の篇では、源頼光や源義家といった清和源氏の英雄の活躍をはじめ、東国武士たちの武骨でありながらも一本気な気風、生死を懸けた合戦のリアルな描写が数多く収録されている。公家社会の優雅な「雅」の世界を懐かしむ一方で、台頭する武士の勇猛なエピソードをも同格のものとして一つの体系内に位置づけたことは、公家側も武家の実力と文化を無視できなくなっていた時代の精神を見事に体現していると言える。
歴史史料・風俗史料としての高い価値
『古今著聞集』は、国文学において「世俗説話集の双璧」として評価されるだけでなく、日本史学の研究においても極めて重要視される史料である。なぜなら、正史や公家の日記のような硬い公的記録からは窺い知ることの難しい、当時の人々の生活実態、風俗、信仰、遊びの具体相が生き生きと描写されているからである。
たとえば、中世の音楽や舞楽がどのように演じられていたかという芸能史の復元や、武士団における主従の紐帯や倫理観といった武士道精神の源流を探る上で、本書の記述は不可欠な一次史料に準ずる扱いを受けている。歴史的転換点にあった日本社会の多様な断面を切り取り、後世に伝えたという点で、『古今著聞集』の歴史的意義は計り知れない。