万葉集註釈(仙覚抄) (まんようしゅうちゅうしゃく(せんかくしょう)
【概説】
鎌倉時代中期に天台宗の僧侶・仙覚(せんかく)によって著された、『万葉集』の注釈書。難解な万葉仮名で記された和歌の正確な訓読(読み方)や語意を究明し、後世の万葉集研究の基礎を築いた画期的な学術書である。
万葉仮名解読への挑戦と「新訓」の確立
奈良時代末期に成立した日本最古の和歌集『万葉集』は、漢字の音訓を日本語の表記に用いる万葉仮名で書かれていた。そのため、平安時代中期以降になると、その正確な読み方が急速に分からなくなっていった。こうした状況に対し、平安後期から様々な学者や歌人が訓読(解読)の試みを重ねてきたが、それを集大成し、未だ読めなかった歌に新たな読みを与えたのが仙覚であった。
仙覚は先達の業績(古訓)を整理・批判・検証し、それまで未解読であった和歌に確定的な読みを与える「新訓(仙覚新訓)」を提示した。さらに、諸本のテキストを比較校合して本文の乱れを正すという、現代の文献学・書誌学にも通じる緻密な校訂作業を行った。彼の主著である『万葉集註釈(仙覚抄)』は、その学問的成果をまとめた全10巻に及ぶ本格的な注釈書である。
鎌倉幕府・北条氏の文芸庇護と成立背景
『万葉集註釈』の成立には、鎌倉時代の武家社会における文化的な動向が深く関わっている。鎌倉幕府の3代将軍・源実朝が『万葉集』を深く愛好し、京の藤原定家から指導を受けて『金槐和歌集』を著したことに象徴されるように、東国武家社会では万葉風の歌風に対する関心がきわめて高かった。
仙覚は、鎌倉幕府の有力者であった北条実時(金沢実時)らの援助を受け、幕府の全面的なバックアップのもとで研究に従事した。実時が設けた武家の文庫である金沢文庫(神奈川県横浜市)には、仙覚の校訂した『万葉集』をはじめとする多くの古典籍が集められた。このように、京の公家文化に対抗しうる独自の文芸の拠点を東国に形成しようとした北条氏の文化政策が、仙覚の偉業を支えていたのである。
国学・万葉学における歴史的意義
仙覚が定めた訓読と校訂本文は、のちに「寛永版本」などの印刷本を通じて広く普及し、近世以降の万葉集研究の絶対的なスタンダードとなった。江戸時代に本居宣長や契沖らによって先鋭化する「国学」の万葉研究も、すべてこの仙覚の業績を土台として出発している。
現在、私たちが教科書や和歌集で目にする『万葉集』の歌の読みの大部分は、この『万葉集註釈(仙覚抄)』において仙覚が考証・確立した「仙覚新訓」に基づいている。その意味で、本作は単なる一時代の古典注釈にとどまらず、日本の古典文学を守り、後世へと継承した極めて重要な歴史的役割を果たしたと言える。