螺鈿紫檀五絃琵琶 (らでんしたんのごげんびわ)
【概説】
奈良時代の東大寺正倉院に伝来した、世界で唯一現存する五絃の琵琶。紫檀の材に螺鈿を用いて、ラクダに乗って琵琶を弾く人物などが精巧に装飾されている。シルクロードを経た東西文化の交流と、天平文化の豊かな国際性を象徴する至宝である。
世界に唯一遺された五絃琵琶
螺鈿紫檀五絃琵琶は、東大寺の正倉院(北倉)に所蔵されている奈良時代の楽器である。聖武天皇の四十九日法要に際して、光明皇后が東大寺の大仏に献納した遺愛品の一つとされている。
琵琶には主に四絃と五絃のものが存在するが、五絃琵琶は古代インドを起源とし、シルクロードを通って亀茲(現在の中国新疆ウイグル自治区)などの西域を経由して唐へ伝わった。唐の時代には宮廷音楽などで盛んに用いられたものの、やがて宋の時代には四絃琵琶に押されて中国でも廃れてしまった。発祥の地であるインドや経由地の西域にも実物は残っておらず、この正倉院の遺品が世界で唯一現存する五絃琵琶となっている。そのため、古代の楽器構造や音楽史を研究する上でも極めて貴重な史料である。
異国情緒あふれる精緻な装飾
この琵琶の最大の魅力は、その名称の由来ともなっている卓越した工芸技術と異国情緒豊かな装飾にある。本体は東南アジア原産の高級木材である紫檀で作られており、そこに夜光貝などの真珠層を文様に切り抜いてはめ込む螺鈿(らでん)の技法がふんだんに用いられている。
特に背面の中央部には、熱帯産のウミガメの甲羅である玳瑁(たいまい)を背景に用いて、ラクダに乗って琵琶を弾く胡人(ペルシャ系などの西域の人物)の姿が螺鈿で克明に描き出されている。この「騎駝奏楽図(きだそうがくず)」の周囲には、極楽浄土に咲くという空想の華である宝相華文(ほうそうげもん)や、飛鳥などが華麗に散りばめられており、当時の唐における最高峰の工芸技術の粋を見ることができる。
天平文化の国際性を象徴する至宝
螺鈿紫檀五絃琵琶は、単なる美しい楽器という枠を超え、8世紀のユーラシア大陸における壮大な東西文化交流を雄弁に物語る歴史的遺物である。インド発祥の楽器構造、中東から中央アジアを思わせるラクダと胡人のモチーフ、東南アジアや南方の海からもたらされた紫檀や夜光貝、玳瑁といった素材、そしてそれらを融合させた唐の高度な工芸技術が、この一つの楽器に集約されている。
遣唐使を通じて最新の文物や制度を貪欲に吸収していた奈良時代の日本は、まさに「シルクロードの東の終着点」であった。この琵琶は、聖武天皇を中心とする天平文化が、いかに国際色豊かでスケールの大きなものであったかを現代に伝える最高傑作と言えるだろう。