閑吟集
【概説】
室町時代後期に編纂された、小歌などを約300首収録した歌謡集。応仁の乱後の乱世を生きる人々の無常観や享楽的な精神を鮮やかに伝えている。平安時代末期の『梁塵秘抄』と並ぶ中世歌謡の貴重な史料である。
成立と編纂の背景
『閑吟集』は、室町時代後期の1518年(永正15年)に成立した歌謡集である。編者は不詳であるが、序文の記述などから、世俗を離れた隠遁者(出家者)が編纂したものと推測されている。当時の民衆のあいだで広く歌われていた短い歌謡である小歌(こうた)を中心に、狂言小歌や田植歌、宴席の歌など全311首が収められている。公家や武家などの知識人層が担った和歌や連歌といった伝統的な文学とは異なり、五七調などの定型に縛られない自由な律動を持っている点が大きな特徴である。
乱世の精神を映し出す刹那的な死生観
本作に収められた歌謡群の最大の特徴は、応仁の乱(1467〜1477年)を経て下克上の戦国乱世へと突入した室町時代の人々の、切実な死生観や刹那的な享楽主義が色濃く反映されている点にある。中でも最も著名な「何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ」(まじめくさってどうするのだ、人の一生など儚い夢のようなものだ、ただ面白おかしく狂い遊ぼう)という一首は、明日の命も保証されない時代状況下において、いっそ現世の快楽に身を投じようとする室町人のエネルギッシュかつ退廃的な精神を見事に表している。また、男女の赤裸々な愛欲や別れの悲哀を詠んだ歌も多く、建前を取り払った人間のありのままの感情が表現されている。
中世文学・歴史史料としての意義
『閑吟集』は、単なる文学作品の枠を超えて、中世社会の実態を解き明かす歴史史料としても極めて重要である。後白河法皇が平安時代末期に編纂した今様集『梁塵秘抄』が中世前期の歌謡の集大成であるとすれば、『閑吟集』は中世後期の庶民の生の声を伝える双璧とも言える存在である。当時の小歌は、農民や台頭しつつあった町衆といった庶民階層のみならず、武士や公家、さらには僧侶に至るまで身分を問わず幅広く愛好されており、階層を超えた共通の都市文化が形成されていたことを示している。ここで花開いた小歌の系譜は、やがて安土桃山時代から江戸時代初期にかけて大流行する隆達節(りゅうたつぶし)や、近世の三味線歌謡へと受け継がれていくこととなる。