竹取物語

かぐや姫が月へ帰っていく筋書きで知られる、「物語の出で来はじめの祖(おや)」と呼ばれる日本最古の物語は何か。
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重要度
★★★★

竹取物語

9世紀後半〜10世紀初め成立

【概説】
平安時代前期の9世紀後半から10世紀初め頃に成立したとされる、日本最古の物語(伝奇物語)。光る竹の中から見出されたかぐや姫が、育ての親である竹取の翁や求婚者たちを翻弄し、最後に月の都へと昇天していく姿を描いた仮名文学の先駆的作品である。

国風文化の萌芽と「物語の祖」

『竹取物語』は、日本の文学史において「物語の出で来はじめの祖(おや)」と位置づけられる極めて重要な作品である。この評価は、後代に紫式部が『源氏物語』の「絵合(えあわせ)」の巻において作中人物に語らせた言葉に由来する。9世紀後半から10世紀初頭という成立時期は、中国の模倣から脱却し日本独自の文化が花開き始めた国風文化の形成期にあたる。

当時は、漢字の草書体から派生した仮名文字(ひらがな)が貴族社会に普及し始めた時代であった。本作は、伝奇的な要素(神仙思想など)をベースにしながらも、登場人物の生々しい感情や人間関係を和歌を交えた叙情豊かな仮名文で見事に表現しており、後の『伊勢物語』や『源氏物語』へと連なる仮名文学・物語文学の発達に決定的な影響を与えた。

作者像と成立の背景

本作の作者は現在に至るまで未詳である。しかし、物語の随所に見られる特徴から、作者の人物像についていくつかの推測がなされている。第一に、漢籍(中国の古典)や仏教、道教の神仙思想に対する深い造詣が見られること。第二に、和歌の技法や仮名文の表現に極めて優れていること。第三に、後述するような政治的権力者に対する冷徹な批判精神を持っていることである。

これらの要素から、作者は単なる庶民ではなく、高い教養を持ちながらも当時の政治の中枢(藤原氏による他氏排斥や権力独占)からは外れた立場にいた中下級貴族、あるいは僧侶であったとする説が有力視されている。源順(みなもとのしたごう)や紀貫之(きのつらゆき)などを作者に擬する説も古くから存在するが、確証はない。

貴族社会に対する痛烈な風刺

『竹取物語』は単なる美しいおとぎ話ではなく、同時代の政治社会に対する強烈な風刺文学としての側面を併せ持っている。物語の中盤、かぐや姫の美貌を聞きつけて求婚する5人の貴公子(石作皇子、車持皇子、右大臣阿倍御主人、大納言大伴御行、中納言石上麻呂足)が登場するが、彼らは7世紀後半(飛鳥時代後期〜奈良時代初期)の壬申の乱などで活躍した実在の高級官僚がモデルとされている。

かぐや姫は彼らに対して、「仏の御石の鉢」や「蓬莱の玉の枝」、「火鼠の裘(かわぎぬ)」といった到底入手不可能な宝物を要求する。権力と財力に物を言わせて偽物を用意したり、無様な失敗を演じたりする貴公子たちの姿を描写することで、作者は特権階級の持つ虚栄心や欲望、権威の脆さを容赦なく暴き出している。ここには、立身出世や権力闘争に明け暮れる平安貴族社会への冷ややかな眼差しが看取できる。

地上の権力を相対化する壮大な世界観

風刺の矛先は、時の最高権力者である帝(天皇)にも及んでいる。物語の終盤、帝はかぐや姫に心を惹かれ、宮中へ召し出そうとするが、姫はこれすらも毅然として拒絶する。当時の日本社会において絶対的な存在であった天皇の命令さえも通用しないヒロインの造形は、極めて画期的であった。

かぐや姫は「月の都」の住人であり、ある罪を犯したために罰として一時的に穢れた地上(人間界)へ下された存在(謫仙)として描かれている。この設定により、地上のいかなる権力や富も及ばない「異界」が対置され、人間界の営みの矮小さが浮き彫りになる。やがて月の使者が迎えに来た際、帝が差し向けた数千の武士たちも無力化され、姫は不老不死の薬を残して昇天していく。このように『竹取物語』は、当時の仏教的無常観や道教の神仙思想を取り込みながら、地上の世俗的価値観を超越した壮大な宇宙観を描き出した傑作なのである。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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