文庫本
【概説】
円本ブームに対抗し、岩波書店がドイツのレクラム文庫を手本にして発行した、ポケットサイズで安価な書物のこと。1927年(昭和2年)の岩波文庫創刊がその元祖とされ、大正・昭和初期の教養主義と結びついて日本の出版文化の大衆化と知の解放に大きく貢献した。
「円本」ブームと出版の大量消費時代
大正時代末期から昭和初期にかけて、日本の出版界は大きな転換期を迎えていた。1926年(大正15年)、改造社が1冊1円という当時としては破格の安さで『現代日本文学全集』の予約販売を開始すると、数十万の予約者を集める大成功を収めた。これが円本(えんぽん)ブームの始まりである。円本は、関東大震災以降の中間層の拡大や都市化、高等教育の普及による読書人口の増加を背景に、人々の知識や文学への渇望を満たすものとして歓迎され、出版界に大量生産・大量消費の時代をもたらした。
岩波文庫の創刊とレクラム文庫
しかし、円本は「全集」という形態をとっていたため、読者が本当に読みたい作品だけを個別に選んで買うことができなかった。この全集主義・商業主義的な傾向に対し、より本質的な読書のあり方を模索したのが岩波書店の創業者・岩波茂雄である。岩波は、19世紀からドイツで刊行されていた安価な古典叢書であるレクラム文庫を手本とし、ポケットサイズの軽便な形態で、古今東西の古典的名著を廉価で提供することを企画した。こうして1927年(昭和2年)7月、夏目漱石の『こゝろ』やカントの『実践理性批判』などを最初の配本として岩波文庫が創刊された。これが日本における現代的な文庫本の元祖である。
大正教養主義との結びつき
文庫本の誕生は、大正デモクラシーを背景に旧制高校の学生や知識青年たちの間で広がった教養主義の思潮と深く結びついている。当時の青年たちは、自己の人格形成や内面的な成長のために、哲学や文学の古典を読むことを重んじていた。文庫本は、これまで分厚く高価で一部の知識階級に独占されていた学術的名著を、学生の小遣いでも買える価格帯(創刊当時は100ページを星一つとし、星一つにつき20銭)で提供した。これにより、文庫本は教養主義を物質的な面から支える強力なインフラとなったのである。岩波文庫の成功を受け、のちに改造文庫や春陽堂文庫なども創刊され、文庫本という出版形態が広く定着していった。
出版文化における歴史的意義
文庫本が近代日本史において持つ最大の意義は、「知の解放」を具現化したことである。岩波文庫の巻末に付された「読書子に寄す」という発刊の辞(三木清らが起草)には、「真理は万人によって求められることを自ら期す」と記されている。単に安価で携帯に便利な本を作っただけでなく、優れた学術や文化を特権階級から解放し、広く大衆に提供するという高い啓蒙的理念がそこにはあった。現代の日本において、多様なジャンルの文庫本が書店に並び、誰もが手軽に本を持ち歩いて読める出版文化の基礎は、この大正末期から昭和初期にかけての変革によって築かれたのである。