パリ講和会議

第一次世界大戦の講和条件や戦後の国際秩序について話し合うため、1919年にフランスで開かれた国際会議は何か?
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パリ講和会議

1919年

【概説】
1919年、第一次世界大戦の戦後処理と新たな国際平和秩序の構築を目的として、フランスのパリで開催された国際会議。日本は戦勝国として五大国の一つに数えられて参加し、国際連盟の常任理事国となるなど国際的地位を高めた。一方で、獲得した権益をめぐる中国との対立や、人種差別撤廃法案の否決など、その後の日本外交に大きな課題を残すこととなった。

第一次世界大戦の終結と会議の開催

1918年11月に休戦協定が結ばれて第一次世界大戦が実質的に終結すると、翌1919年1月よりフランスのパリにおいて講和会議が開かれた。この会議はアメリカ大統領ウィルソンが提唱した「十四カ条の平和原則」を基礎として進められたが、敗戦国であるドイツやロシア革命後のソヴィエト・ロシアは除外され、戦勝国である連合国側によって主導された。とくに、イギリス、フランス、アメリカ、イタリア、そして日本の五大国(主要国)が実質的な決定権を握り、新たな世界秩序である「ヴェルサイユ体制」を構築していくこととなる。

五大国としての日本の参加と主張

日本は日英同盟を理由に大戦に参戦し、アジアにおけるドイツの拠点であった中国の青島(チンタオ)をはじめとする山東省の権益や、赤道以北の旧ドイツ領南洋諸島を占領していた。日本政府は、元老である西園寺公望を首席全権とし、実質的な交渉担当者として牧野伸顕らをパリに派遣した。当時の日本の最大の目的は、大戦中に獲得したこれらの権益の確保を列国に認めさせることであった。

山東問題と南洋諸島の委任統治

会議において、日本は旧ドイツ領であった山東省権益の継承と、赤道以北の南洋諸島の領有を強く主張した。山東問題については、中国(北京政府)が権益の直接返還を求めて猛反発し、アメリカも中国を支持して日本を牽制したが、イギリスやフランスとの事前密約を盾にとった日本の主張が最終的に通り、権益の継承が承認された。この決定に激怒した中国国内では、激しい抗議運動である五・四運動が勃発し、中国代表はヴェルサイユ条約の調印を拒否する事態となった。

また、南洋諸島については直接の領有化は認められなかったものの、新設される国際連盟の委任統治(C式委任統治)という形式のもとで、日本による実質的な支配権の獲得が認められた。

人種差別撤廃提案とその挫折

パリ講和会議における日本のもう一つの重要な行動が、国際連盟規約に「人種的差別撤廃条項」を盛り込むよう提案したことである。これは日露戦争以降、アメリカのカリフォルニア州やオーストラリアなどで激化していた日本人移民排斥運動に対する強い危機感が背景にあった。国際会議で人種平等の原則が公式に提案されたのはこれが世界初であった。

この提案は多数の参加国の賛成を得たものの、白豪主義をとるオーストラリアやイギリスが強硬に反対した。最終的に、議長を務めていたアメリカ大統領ウィルソンが「重要な議題は全会一致を要する」という異例の裁定を下したことで、日本の提案は否決された。この挫折は、日本の知識人や民衆に欧米に対する強い不信感と失望を抱かせ、後の日米対立やアジア主義の台頭へとつながる心理的な遠因となった。

国際連盟の設立と日本外交への影響

会議の結果、ドイツとの間にヴェルサイユ条約が調印され、史上初の国際平和機構である国際連盟が発足した。日本はイギリス、フランス、イタリアとともに常任理事国に就任し、名実ともに世界の「一等国」としての地位を確立した。

しかし、パリ講和会議で露呈した中国との深刻な対立や、日本の大陸進出を警戒するアメリカとの摩擦は、その後の日本外交に重い課題を突きつけた。結果として日本は、1921年から開催されるワシントン会議において、中国への山東省権益の返還や海軍軍縮を受け入れることとなり、アジア・太平洋地域における新たな国際協調体制(ワシントン体制)への適応を迫られることとなるのである。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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